今日、SDGsをコンサルティングスキームにしているコンサルタントの話を聞く機会があった。
話の中身は新鮮なものでもなんでもなかった。健康経営アドバイザーの資格を持っている私にしてみれば、だが。
ESG投資、健康経営、持続可能目標。
それらを経営理念と結びつけて・・・・。というような内容だ。
持続可能。持続可能とはなんだ。
太陽光などの自然エネルギーにせよ、EVにせよ、近視眼的で持続可能な範囲というものを「西欧世界」だけに限定しているような気がしてならない。
そもそもESG投資だって、ウォール街のビジネススキームから始まった。
当たり前のことを当たり前にやればいいだけの話のことを、わざわざ商品化して、っていうのはそもそも1年も前に山崎元さんがダイヤモンドでの馬淵さんとの対談で語っていたことだ。
SDGsというなら、岩国市の山奥の山林の生態系を完全に破壊して、山々を切り開いて作られた太陽光発電所や、鳥取県大山に建設されかけた騒音公害をまき散らしす風力発電、これらも自然エネルギーだからエコだとでもいうのだろうか。
今の全世界のエネルギーを自然エネルギーだけで代替できるわけがないのに。
考えかたそのものは立派だ。持続可能性、大いに結構。
だが、その実は、そもそもSDGsというものの成り立ちそのものから、胡散臭いビジネスのにおいしかしない。
そもそも日本は昔から持続可能性を前提に社会を構築してきた民族だ。
それは、世界最古の王朝をもち、100年以上続く企業のほとんどが日本に存在するという点だけでもはっきりしている。
どうにも私には、高度に政治的ファクターとして、あるいは金儲けの道具として、この立派なお題目が利用されているようにしか思えない。
こんなことを書けば、批判もあるのかもしれない。だけど、日本には日本らしい持続可能性の追求の仕方があるはずだ、と私は思う。